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不労所得で旅したい!

元バックパッカーが、55ヶ国渡航した経験に基づくマイルの賢い使い方、お得な航空券、海外旅行のノウハウ等を書き連ねてます。(現在、ビジネスクラスで世界一周中(一時帰国中))

【1996年から】これまでのネット活動遍歴について【20年目】

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 前回の記事は【閑話休題】だったにも関わらず、当ブログとしてはビックリ多数の★を賜りありがとうございました。今回は他のジャンルで活躍されていると思われる方からも★をいただいたようで、特に嬉しいです。にほんブログ村マイレージカテゴリからのOUTポイントは伸びなかった一方、全体的なPV数を維持できたことで少しだけ自信がつきました。女子(←年齢不問)ならともかく、おっさんの内省的な記事を誰が読んでくださるのだろうかと心配していたのですが。

 今回は101回目のプロポーズ*2ならぬ101回目の記事ということで、私自身のこれまでのネット活動遍歴を記します。



【もくじ】

黎明期 ~チャットでネット活動の基礎を学ぶ~

1996年(平成8年) インターネットデビュー

Windows95搭載PCを購入してしばらくスタンドアローンで使っていましたが、1年後、きっかけは忘れましたがso-netとプロバイダ契約しインターネットデビューを果たしました。程なくDTIに変更しましたが、この頃からso-netとはご縁があったのです。

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この時代、ネット環境にいるリアル知り合いは皆無。課金方式が従量制だったこともあり、デビューはしてみたもののスタンドアローン時代とあまり変わらぬ宝の持ち腐れ状態だったような気がします。

1997年(平成9年) チャットデビュー

今の時代、チャット(CHAT)というと何やら妖しい響きに聞こえてしまいますが、当時は極めて健全なコミュニケーションツール*3でした。

鉄道も通ってないような人口たった数千人の町から遥か1,000km、上京してン年経ち郷愁に誘われる機会が多くなってきたこの頃、出身地域の交流を目的としたホームページを偶然見つけてしまいました。チャットはそのコンテンツの一つ。出身地域内のクローズドなコミュニティかと思いきや、私のように現在は他地域在住だけどその地域出身で郷土愛がある人の割合が意外と多く、安心してそのコミュニティに飛び込んだのでした。通信は『テレホーダイ』契約に切り替えたので、23時以降であれば使い放題。ハンドルネームも決め(今とは違います)、会話していくうちにいつしかブラインドタッチをマスターしてしまいました。

この頃は社会人になっていて、私がキーボードを打ち込む姿を見て上司から「お前すごいな!どこで覚えたんだ?」と驚かれたほど。「チャット」と言っても通じない世代なので、「頑張って練習しました!」と言っておきました。

1998年(平成10年) ホームページデビュー

あちこちでオフ会が行われるようになり、リアルでの交流が活発になってきました。依然としてインターネットはそれほど市民権を得ていなくて*4、チャット住民はプログラマーとか理系の学生とかネット関連の講師とかが多かったです。あと会社のネットワーク管理者とかw

そんな彼らからタグの打ち込み方等の手ほどきを受けたり良書を紹介してもらったりして、勉強がてらホームページを開設してみました。広く世界に向けてというよりは、チャット住民間のコミュニケーションツールの一つで、プロフィールの補足+趣味の紹介程度。海外旅行へ行き始めた頃でちょっとした旅行記も書いていましたが、当時の最大趣味は『クルマ』だったので愛車遍歴的な内容がメインでした。

このホームページ、ひょんなことからリアルの知り合いにバレてしまい閉鎖の憂き目に。決して公序良俗に反する内容ではなかったのですが、なんとなく気恥ずかしかったもので。黒歴史。

発展期 ~HP運営、国際交流~

1999年(平成11年) 対外向けHPの運営者に

何気なくWBS(ワールドビジネスサテライト)を見ていたら、ゲームショウだかAMショーだか忘れましたが、私が長い間待ち望んでいた「こんなゲームがあったらいいな…」そのものズバリのアーケードゲーム*5が紹介されていました。「とうとう時代が来たか…」と感動したのですが、仕事の忙しさに紛れて忘れていました。

が、しばらくしてたまたまゲーセンへ行ったらその筐体が!!超人気なのか、すごい行列。私の番になり、結果は大したことがなかったのですが、なんとギャラリーから拍手が沸き起こるではありませんか!?えっ?オレウマいの?ゲーマーでも何でもないんですけど。詳しくは書けませんが私のこれまでの経験が生きていたようなので、じゃあHow toモノでも作るか……と、HPを開設した次第。

2000年(平成12年)以降 活発な国際交流

当初は基礎~具体の攻略法をメインコンテンツとしていましたが、海外プレイヤーからの掲示板への書き込みをきっかけに、海外展開を柱の一つと位置づけ。この時期既にガンガン海外へ行ってましたが、この趣味とは全く結びつけていませんでした。しかし実際は一部の国ではかなり流行っていて、HPやコミュニティも存在してました。 目からウロコ。

掲示板の他eメールでも世界各地から情報提供を受け、香港や台湾、シンガポール等アジアを中心に、遠くは米国西海岸やイタリア、オーストラリアまで現地調査を兼ねた国際交流を実施。ゲーマーと海外旅行というコラボは珍しかったようで、当時はオンリーワンのコンテンツを持ってました。

その努力が実ったのか『WWWイエローページ』という雑誌で紹介されて、その時寄贈された本を久しぶりに読んだら「国際交流が活発なのも魅力」と。

相当アクセス数があったにも関わらず1円も収益を生み出しませんでしたが、HP運営の結果得られたワールドワイドな人脈(←という言い方は嫌らしくてあまり好きでないのですが、適当な言葉が思いつかなかった)は今でも大きな宝と感謝しているところです。

以下最初に海外旅行遍歴を書きましたが、
www.poyatrip.xyz
特定の地域に頻度が集中している理由の一つは上の『国際交流』によるもので、頻度が高い地域は『ゲーセン文化が発達』しているところなんだと思って間違いありません。

これと並行して、HPに併設する形として日記を掲載し、日常やちょっとした旅行記なども書いてました。
最初はエンピツ日記で、後からJUGEM日記に変更。両方とも当時の流行りで、周りが使っていたから…程度の理由。

停滞期 ~ネット活動をやめて地下に潜る~

200*年

結婚をきっかけに、一旦すべてのネット活動から足を洗うことにしました。引越先の都合でプロバイダが変わってしまうためにHPを維持できなくなってしまうことが直接のきっかけ。やろうと思えばできたのかもしれませんが、独身時代とは違って自由に¥を使えなくなったため、ゲーセンへ行く機会が激減したというのもあります。

ただネット活動はやめても海外旅行(兼現地調査)はバリバリで留まることを知らず、新婚旅行先の一つにゲーセン調査未踏破の国を選ぶという暴挙に。成田離婚の憂き目にあうかと思いきや、現地のゲーマーさんたちが気を使ってくれて美味しいレストランとかスイーツ店とか案内してくれたのが良かったのか、グルメな家内は上機嫌。今でも「また(あのレストランに)連れてけ」と言われるくらい。

200*年

元々ゲーマーではなかったということもあってかその後ゲーセンに禁断症状が出ることもなく今に至ってますが、海外旅行の方は2ヶ月も国内に居ると禁断症状が出てしまう慢性疾患。いつしか海外旅行歴が結構なボリュームとなり、忘れないようにどこかに写真と動画と記憶をまとめておこうとAmeba(アメブロ)を借りてメモ代わりに旅行記をUP。

??期(現在) ~第二の人生開始~

2013年

旅行記の保管先を4travelに変更。アメブロの方はあまりにもアクセス数が少ないのとコメントの書き込みが皆無で、過去の栄光(?)を知っている身としてはあまりにも手ごたえがなく寂しかったので。4travelは旅の達人も多く、多少の反応は見込めるかなと思ったのです。4travelはきちんとした一連の文章を書く場がなく多少物足りない部分はあったのですが、写真さえたくさんあれば1冊の旅行記が短期間で完成するという気軽さが良かったです。

この際、過去の自分を捨て去ることに。要は、これまで使っていたハンドルネームを使用しないということ。捨てる捨てないに関してはそれほど強いこだわりはなかったのですが、昔のハンドルネームが今の自分に全くそぐわなくなってしまっていたというのが実情。

1国最低1回の旅行記を残すことにして、公開済で100冊弱、未公開含めて120冊程度のボリュームとなりました。PV数は3年で10万強。自分的にはなんとか10万超えてひと段落と満足した一方、やっぱり女子トラベラーにアクセス数はかなわんなあと。かつてバックパッカーだった若者は、今やおっさんトラベラー。若い頃のようにバックパッカー気分で「タイへ行く」「マカオへ行く」と言うと目的を怪しまれるようになってしまった自分の限界を感じている今日この頃。

2016年

はてなブログにてブログを開設。ハンドルネームは4travelで適当につけたのをそのまま引っ張ってきました。こうなることがわかっていたら、ちゃんと考えておくべきだったと後悔。たまに言及・紹介・コールされても自分のことと気づかなかったりしますw

開設のきっかけは公式?にはSFC修行としていますが、実際のトリガーはアメックスゴールド祭り(通称雨金祭り)。

携帯乞食的観点から「これ(公共料金キャンペーン)はすごいことになる!ただ上限設定に関する記述がないという制度上の穴を雨金JAPANに知られたら早晩塞がれてしまうから、ココはバレないことを祈るのみ…」と思っていたところ、一部のブログとかでソレが公にされてしまったものだから、「アチャー(なんてことを…バレてしまうじゃん!!)」と頭を抱えつつ、「こうなってしまったからにゃ仕方ない!踊らにゃソンソン」と踊り始めたというのが実態だったりします。

結果的には、公になったからこそ色々な技が生み出され、当初の目論見(以下記事参考)よりも多くのマイルを手に入れることができたので、感謝こそすれ恨んでなどはおりません。6月以降申込組は割りを食ったような形になってしまいましたが、公にならなかったらそもそもこのキャンペーンの存在を知ることもなかったかもしれませんし、何ともコメントが難しい…

www.poyatrip.xyz

で、これまでのネット活動でのアクセス・PV数とはケタが違っていた…というのは前回記事に記載した通り。

www.poyatrip.xyz

4travelなどは100記事書いて3年で10万PVと自分的には満足していたところ。あそこは、旅行記をupして数日は3桁・普段は2桁程度のアクセス数。4桁になることなどありませんでした。ここに来てビックリした理由がおわかりでしょう。同じような旅行記をUPしても全然違うのですもの。
コチラに関しては、以前にどこかで「10万PV達成!」的な記事を見て「そうか、やはり10万PVは節目なのか。ところでこっちはいつになったら達成するんだろう…」と確認したら既に超えていたという。結局、いつ達成したかわからずじまい。単なる一里塚的に過ぎてしまいましたとさ。

まとめ

 ネット活動20周年記念として、履歴書的なものをと思い記事化しました。この機会に過去を振り返ってみるのも良いものですね。黒歴史などは思い出したくもないのですがw リアルとネットでは別人格でありたいと思いつつ、特に独身時代はネットがかなりリアルに食い込んでました。ネット友がリア友になるというやつですね。一時期はリア友以上の場合も…

 なお、私のネット活動履歴に関してはリアル知人友人はおろか、家内でさえも全く知られておりません。各種SNSは一応登録はしていますが、基本ウォッチするだけで参加・発言はしていないので、ネット活動履歴には含めておりません、ハイ。

*1:国際交流の一環で、香港にて。

*2:諸事情により当時はTVがなかったので、リアルタイムでは見てないのです。数年前にCSで再放送していたのを一気に見て初めてストーリーを知った次第。

*3:もちろん、不健全なコミュニケーションを目的にしていた人もいるでしょう。

*4:市民権を得るのは、1999年以降のITバブル後だったと思います。

*5:具体的なゲーム名を公表できずボヤっとした内容になってしまいましたが、これ書くと身元がバレてしまうかもしれないレベルにつき、なにとぞご容赦を。